新年度を迎えると、新入社員が電話番をすることの是非が話題になります。
これは毎年よく見られる光景ですが、この議論には大きな見落としがあります。
新入社員が電話番をすることに賛成でも反対でも、大前提として誰かが電話に出なければならないことに変わりはありません。
しかし実際には、このような習慣は国際的にも極めて稀であり、代表電話という考え方が本質的に不要であるとしたら、あなたはどう感じるでしょうか?
新人が電話を取るのは合理的ですか?
日本の多くの職場では部署ごとに代表番号があり、誰かが電話を取って担当者に伝えるのが当たり前になっています。
問題は誰が電話を取るかですが、電話応対の担当者がいる職場を除けば電話を取るのはたいてい新入社員です。
多くの新入社員は、いつもこの仕事を苦手と感じています。
ビジネスの挨拶、言葉遣い、尊敬語・謙譲語の使い分け、周囲が聞いているというプレッシャー……。
会社のことを何も知らないのに、社外からかかってきた電話を取るというのは、かなりのプレッシャーです。
特に最近はITの普及で、知らない人と電話をする機会が少なくなっているので、新入社員の中には電話に対して相当な恐怖心を持っている人もいます。
インターネット上では「テレハラ」「テルハラ」「TELハラ」などという言葉が飛び交っているようですが、ハラスメントとは「嫌がらせ」を意味する言葉です。
新入社員はまだ仕事を覚えておらず、すぐに仕事ができるわけではないので、仕事を覚えるための第一歩として電話応対をさせるのはある意味で合理的であり、よほどのことがない限りハラスメントという言葉を使うのは適切ではないでしょう。
実際、多くの年配の方の経験では、2週間も電話応対をしているとどんな人がいるのかがわかってきて、仕事を覚えるのが早くなるそうです。
そういった背景があるために、電話番の習慣が残っていると考えられるのです。
読者の方は、「やっぱり、電話番はやるべきだ」と思われたかもしれません。
職場に代表電話があり、誰かがそれを拾って担当者に渡すという方法は実はかなり特殊なものです。
実は、電話の問題は業務プロセスや職場の慣習、ITのレベルなどと密接に関係しており、単純に電話の問題として論じることはできません。
海外では代表番号がない?
日本では部署ごとに代表電話があり、誰かが電話を取って「スズキさん、3番線です!」と言って電話を回すことが当たり前になっていますが、これは海外から見ても珍しいシステムです。
そもそも海外の電話機には、1や2などの回線番号を示すボタン(通信業界ではラインキーと呼ぶ)がないことが多いんですね。
海外のビジネスフォンでは、社員一人一人に個別の電話番号が割り当てられ、原則として自分で電話に出ることになっています。
個別の電話番号には音声メッセージ(いわゆる留守番電話)が設定されており、電話に出られなくても後からメッセージを聞くことができるようになっています。
電話機はもはやコモディティ製品(汎用品)なので、メーカー間の大きな差別化要素はありません。
本来であれば、日本のビジネスフォンには多くの海外メーカーの製品が使われることがあってもいいと思いますが、ビジネスフォンのほとんどは日本製です。
日本と諸外国では電話の習慣や操作方法が極端に異なるため、ビジネスホンの参入には大きな障壁があるゆえです。
諸外国と比べて日本のビジネスホンの操作方法が極端に異なる……つまり、日本だけが独自の電話運用を行っている理由は、日本の職場環境によるところが大きいのです。
つまり、全員が顔を合わせて仕事をするという日本独特の習慣が、特殊な電話オペレーションを生み出しているのですね。
個人で仕事が完結するのであれば、そもそも代表電話を持つ必要性が低いのです。
海外の職場では、部署ごとに代表電話を設置しているところもありますが、その場合は秘書的な役割で電話を取り次ぐ専門の社員がいて、結局のところ個人に電話を回していきます。
番号は原則として1人1つです。
個人で情報を管理するといっても、それが音声なのか文字なのか映像なのかの違いだけなので、電話、メール、チャットツール、テレビ会議システムなどを無理に区別する必要はありません。
必要なときに最適なツールを選択すればいいという考え方が諸外国です。
電話番がない職場は厳しい競争社会?
このような話をすると、「何でもかんでも海外のものを真似ればいいというものではない」という意見もあるかもしれませんが、少なくともビジネスの観点からは、わざわざ非効率な方法を残す必要はほとんどありません。
日本企業の生産性が極めて低いのは事実であり、日本では一刻も早く個人に合わせた働き方にシフトする必要があります。
そうなれば、電話応対の問題は必然的に解決するのです。
最近ではいろいろなシチュエーションにおいて、「メンバーシップ型からジョブ型雇用への転換」が言われていますが、これも日本企業の生産性の低さが起因しています。
また、仕事は個人単位で行い、新人は電話に出なくてもいいというビジネス環境は、一般のビジネスパーソンにとっては深刻な現実であることを理解しておく必要があります。
新人が電話応対をしなければならない職場は全員が最低限のスキルを身につけることを目標とした、ある意味スパルタンな職場です。
逆に言えば、こうした従来型の職場では、言われたことだけをやっていればそれなりの評価を得られるということです。
しかし、最初から個別に対応する職場では、電話応対をはじめとするさまざまなコミュニケーションスキルを自分で身につけなさいと言われます。
そのような状況では、仕事ができる人とできない人の差が極めて明確になり、さらに職場での評価は「どれだけ頑張ったか」ではなく、「結果を出したかどうか」だけになってしまいます。
個性的な職場は、表面的には優しいように見えますが、実は厳しい競争社会なのです。
大げさに言えば、いつまでたっても電話でのコミュニケーションがうまくいかない人は、新時代の職場環境の中で、いつの間にかリストラ候補になっている可能性が高いのです。
固定電話恐怖症とは?
固定電話恐怖症とは文字通り、固定電話に出たり電話をかけたりすることが怖いというものです。
固定電話に限らず、電話の不安は1990年代から報告されており、
- テレフォノフォビア(telephonophobia)
- テレフォビア(telephobia)
- 電話恐怖症(Phone Phobia)
と呼ばれています。
イギリスのオフィスワーカーを対象とした2019年の調査では、ベビーブーマーの40%、ミレニアル世代の70%が、電話が鳴ったときに不安を感じることが明らかになりました。
Phone anxiety affects over half of UK office workers”| Face for Business
民族による違いがあったとしても、同じような割合で日本人においても電話に対して不安や恐怖を感じていると考えられます。
なぜこのような恐怖症になってしまうのでしょうか?
個人のメンタルの弱さが原因ではない
固定電話恐怖症は、電話恐怖症とは少し異なり、不安や恐怖を感じるのは主に固定電話です。
携帯電話を使うのが苦手な人はたくさんいますが、このような心理的ストレスに悩まされる人の割合は、固定電話に比べると少ないかもしれません。
携帯電話の場合、誰からの電話かすぐにわかりますし、基本的には携帯電話番号で知っている人に限られるので、不安感は少ないと思います。
一方、固定電話の場合は、突然知らない人から電話がかかってきてそれが何なのかわからない。
電話に出てみると、クレームが入っていたり判断できない問題があったりします。
最も重要なことは、ビジネス上のやり取りは通常、双方がテキスト形式で証拠として保存するということです。
2020年、あらゆるコミュニケーション手段がある中で、電話は早急に対処しなければならない重要な問題についてのものであったり、テキスト形式で保存したくない内容のものであったりする可能性が高くなります。
また、固定電話恐怖症の最大の原因は通話そのものの減少にあります。
つまり、スマートフォンは、電話ではなくテキストをやり取りする携帯型コンピュータとしての役割が高まっているのです。
これは、自分の都合で電話をかけることは相手の時間を奪う失礼な行為であるという意識が高まっているからでもあります。
これを裏付けるように、総務省のデータによると通話時間は非常に短いということが分かります。
携帯電話・PHSの1通信辺りの通信時間は10秒以下の通信が多く、30秒以下の通信が全体の約33.8%を占めています。
通信量からみた我が国の音声通信利用状況【平成29年度】|総務省
つまり、電話恐怖症の原因としては、次のような要因が考えられます。
- 固定電話の数が減った
- 固定電話を持っていると、電話を取るまで相手が誰なのか、何を求めているのかわからない
- 自分の都合を無視して電話がかかってくる
- 以前のように電話をかけることは少なくなった
- 電話ではなく、SNSやメッセージを使うことが多くなった
- 電話が必要な案件は、リアルタイムのコミュニケーションが必要でトラブルの可能性が高い
まとめ
固定電話恐怖症は、社会不安障害の一種であり、テクノロジーの進歩による電話の使い方の変化が大きく影響しています。
テクノロジーの進歩により、いつでもどこでもメッセージを残すことが可能になったと同時に、他人のプライバシーに配慮するリテラシーが高まったことで、気軽な電話を敬遠する文化が生まれたと言っても過言ではありません。
つまり、固定電話の忌避は、個人のメンタリティの問題というよりも社会全体の傾向であり、それを特定の個人の精神的な弱さのせいにするのは、ちょっと厳しすぎるのではないかと思います。
社会が大きく変わらない限り、これからの新社会人は、程度の差こそあれみんな同じメンタリティを持っているはずです。
テルハラという言葉が出てきたのも、「電話」という文化が薄くなり始めている若者世代の価値観と言えます。
現代の若者の認識としては、「電話は時間を奪うツールであり、いつでも確認ができるテキストベースのほうが効率的」なのです。
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テレハラを提言する側も、言われる側も、過剰反応するのではなく、こういった言葉の台頭がどういった背景にあるのか考える必要があります。