《2021年朝礼ネタ》伊達政宗から学ぶ「相手目線に立つこと」の大切さ

《2021年》朝礼ネタ
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伊達政宗は、言わずとも知れた東北の戦国武将です。

「伊達者」や「伊達男」の語源は、彼の奇抜な衣装や、ド派手なパフォーマンスに由来しているといわれています。歴史モノの漫画やゲームなどでも、大胆不敵で目立つキャラクターに描かれることが多いですよね。

そんな彼について、勝負服に関するエピソードが2つあります。
1つ目は、時の人「豊臣秀吉」に、小田原征伐へ向かうよう要請された時のことです。政宗は参陣に遅れをとってしまい、秀吉へ遅刻の謝罪に行くことになります。

この時、政宗は白装束を身にまとい、丸腰で秀吉への謁見を果たします。「お詫びに死ぬ覚悟はできております」という、一か八かのパフォーマンスに出て、今回のことを詫びたのです。

もとより、秀吉自身もやんちゃで派手好きな性格として知られる人物です。
覚悟のある思い切った政宗のパフォーマンスを気に入った秀吉は、彼を許したのでした。

2つ目は、「伊達者」の由来と言われているエピソードです。
秀吉の朝鮮出兵のため、全国の諸大名が京に集結しました。その行列を見るために多くの民衆が沿道に集まりましたが、伊達の軍勢はこの時、非常に豪華絢爛な戦装束で上洛したことで、巷の人々に絶賛されることになります。

黒を基調とし、所々に金をあしらった洗練されたデザインで統一されていたとか。
これは、派手好きな秀吉に気に入られるように、という政宗の作戦で、奇抜な軍装を伊達家の部隊にあつらえさせたのでした。

この2つのエピソードはともに、政宗が「秀吉の目線になって」考えた戦略といえます。
怒っているであろう相手に対して、心からの謝罪と誠意を見せること。
相手の趣味嗜好を知り、効果的な方法でアプローチをすること。
これは、現代のコミュニケーションや、マーケティングにも通ずるものがあります。

奥州の覇者と呼ばれた伊達政宗ですが、相手の目線に立つことを徹底的に考え抜く姿勢が、彼の功績に繋がったのかもしれません。

朝、ネクタイを選ぶ際、その日の商談相手を思い浮かべて決めるなど、活用してみてはいかがでしょうか。

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